
先日、三島村(硫黄島)に行きました。港に向かって建っている銅像です。
平俊寛、成経、康頼が(硫黄島)へ配流されました翌年、治承2年(1178年)、清盛の娘で高倉天皇に入内していた中宮徳子(とくこ)が懐妊します。安産祈願のための大赦により、丹波少将成経、平判官康頼の二人は赦免(しゃめん)され召還されることになりましたが、俊寛は一人許されませんでした。二人を乗せた船がいよいよ出ようとする際、俊寛は、海水の中に胸まで入り船にとりつき、同行してくれるよう必死の頼みをしますが赦免状をもった使者・丹左衛門慰基康は、俊寛の手を払いのけて一息に船を沖にこぎ出させます。号泣きし、子供のように足摺して頼んだ甲斐もなく、俊寛は只一人残され、茫然として海を眺め、海に佇むばかりだったといわれます。
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